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心揺さぶる [art!ART!art!]


「宮島達男 解体新書」すべては人間の存在のために

こんなに本を誰かと共有したいと思ったことはない。
とにかく、この本を読んで欲しい。
というより、とにかく宮島達男を知ってほしい。
アート好きには超有名人であるが、
10代とかはどうだろう?
知っているのだろうか。

最近、とにかく若い作家や同世代の作家に触れて
ちょっとした自分の中のアート・美術・芸術がよくわからなくなっていた。
芸大を目指す高校生に
『将来は、作家になりたいの?』って聞いたら
『院出たら、作家になるしかないでしょ。』って言われた1ヶ月前。
自分の中で学校を出ないと作家になれないのか?と腑に落ちないままの1ヶ月間。
途中、豊田市美術館の『カルペ・ディエム展』で宮島氏の『death clock』が出ているので
見に行った。
この腑に落ちない自分が解消されるとはその時気づきもしなかった。
そこで出会ったのが『宮島達男解体書 すべては人間の存在のために』だった。
『Art in you』を読んで、思わずこの本買おうかと思ったが
値段見て・・・・帰れなくなる(笑)、そうだ図書館に置いてあるはず!
すぐさま借りに行ってきた。
最初は、面白いんだけどこの本を読んでいる間に
『はじまりの記憶 杉本博司』を見に行ってみたら、この本の中に
杉本氏の名前が!河原温氏の名前が!
名古屋市美術館の常設展に杉本氏と河原氏が並んでる!
もうその時からかもしれない、自分の中で
自分より若い世代もしくは同世代の所謂作家たちのvisionってどうなんだろうと
そりゃもう宮島氏だって50代だ、自分より全然(???) 〓
上だからかもしれない。そうじゃないかもしれない。
でも、アート界の中に存在する、わかる人にはわかるだけの作家なんてつまらない!
そう、『Art in you』の中に見る人が居て初めてアートは存在する。
アート在りきではないのだ。
勝手になんだかアート界というちょっと凡人が踏み込めない世界
繰り広げられるオークション、高値、わけのわからない言葉が飛び交っている世界。
そんな霞がかった世界の怪しい住人たちから
バッサリと人間のものであるアート(美)だと教えてくれている、そんな本である。

そしてあの女子高生に言いたいのは、
美大出身で作家として生計を立てている人たちが
何人存在しているのか?知っているのかと
今は挫折も味わっていない16,7歳だからこそ言える発言であるのだけども
でも、驕れる人にはなって欲しくない。
そして、美大を出たからといって作家になっていいの?
ほんとに自分は作家になりたいの?
自分自分と言ってたら社会の中、見る人をも遠ざけてしまうことに
気づいているのだろうか?
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ポジション2012展その2 [art!ART!art!]

チケットをすぐに出せるのであれば
チケットを出してください。
そうです。
ここはポスターやチラシ、チケットのデザインをしてくださった
佐久間要さんの作品があります。

ではちょっと薄暗くてジーッとへんな音がなっている方へ行ってみましょう。
ここは田島秀彦さんの作品です。
なんだかコットンキャンディーのような色合いがとても愛らしく映るのですが
どうですか?
描かれているものやあれ?
なんで部屋が他より薄暗いのかわかりますね。
タイトルを作品リストで確認してください。
どうです、自分が思ったものと作家が思ったものと違っていましたか?
ちなみに私は違ってました。
作家のイメージと自分のイメージのギャップ
それともう終わってしまった田島さんのギャラリートークを見られた方は
作品と作家とのギャップ。
こういう作品なので少しファンタジーな世界にいる人かと思ったら
理路整然と話される方で質問しても自分の考えをきっちり答える方でした。

では、次へ行きましょうか
1階スペースの最後は、判治佐江子さんです。
写真です。
でもよく見てください。
どうです?
おやっと思わされることがあるのですが、
気づきましたか?
写真はリアルなものですよね。
その場所にかならずあったものが切り取られ
固定されたものです。
どうです、それがちょっと違っていることに気づかされますか?
私はこの作品がすごく好きです。
なぜだろうと考えると現実のゆがみというか
現実がリアルであるのならリアルでありながら
現実には起こることのないことが表現されるのが
自分はすきだと考えるからです。
兎に角よく見てください。
美術館の中もありますし栄や科学館の写真もおや?です。

では、ちょっと私の時間が足りないので
2階はまた次の機会に。
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ポジション2012展 [art!ART!art!]

さてさて、ポジション2012~この場所から見る世界~が名古屋市美術館で開催されている。
10人の作家と1人のデザイナーの作品が見ることができるこの展示。

ちょっと余談だが、ものを作る人だから作家という表現を私は使うのだが
作家というと本を書く人限定だと思っている人がいることに驚いた。
アーティストというとなんか軽いし、かといって芸術家とかいうとなんか
ちょっと人と違うイメージに取られるような・・・・それに
作家を先生というのもなんかプププっと笑ってしまうのは私だけだろうか???
ちゆうか余談過ぎた。

出品作家がギャラリートークを行ったがあと1回のみとなってしまった。
7月14日11時からの大﨑のぶゆきさん山田純嗣さんを残すのみとなっている。
最終日は7月16日イベントが目白押しである。

いつも名古屋市美術館が特別展をやっているとき
1階展示室入口の渡り廊下すぐにチケット売り場があるが
今回は展示室入口エントランスにあるのでチケットがないと思ったら
廊下をわたってしまいましょう。

渡り廊下からすでに1人目の作家山田純嗣さんの作品が見えています。
エントランスは大理石の床と壁で天窓があるので1時過ぎに行くと
晴れた日は天窓から光が射して
日常と切り離されたような世界のように見えます。
そして白いです。
ここは写真撮影可能なので撮ってしまいましょう。
撮ることで何があるのかきっと見えてくるはずです。
あとちょっと上を見てみましょう。
さて奥へ進みましょうか。
エントランスから奥へ進むとき左側に注目何やらいるようです。
奥へたどり着くと今度は銀色の世界です。
銀色の壁を見ると何やら描かれてます。
しかも、何で描かれているんでしょうね?不思議です。
ここに描かれているものが何なのかは山田純嗣作品鑑賞ガイドがチケット売り場で渡されるので
それを参照ください。
何で描かれどうなっているのかは書いてはありませんので想像と山田純嗣で検索を!
私は、ここからエントランスの作品を見るのが好きです。
展示室なので均一な明かりの中夕暮れ時などエントランスに光が射していないときに見ると
なんだかとても気になるのです。

さて名残惜しいですが、次の青田真也さんの部屋へ行きます。
すぐさま目に飛び込んでくるのは円形の台に置かれたものです。
なんでしょう?すぐになんだかわかってしまうんです。
日本に住んでいる人だったら
それがなんだかわかってしまうのです。なんでわかってしまうんだろう!はっ!と
させられる作品です。ガラスケースの中は一体なんなんでしょう?
うむ、と考えさせられるのですが正直いってこれが何なのかわかる人は
すごいです。少しこのガラスケースに関しては、解説がいるかもしれません。
反対側に描かれているものは。ヒントが目の前の台にあるので考えてみてください。
私が好きなのは旧作になるのですが、奥にあるとある置物たちです。
その置物たちがどうなっているかは言いませんが、でも日本に住んでいる人なら
たいていの人はわかるものです。ちょっと20代より若いとわからないかも・・・
(うーん無駄に年取った!)

では、黒いカーテンをめくって奥に行きましょう。
大きなスクリーンが3枚あります。
何が写し出されているでしょう?
見ていると声が出てしまったり、不思議な光景が見えてくるはずです。
この部屋は大﨑のぶゆきさんの作品です。
奥に行くと、このスクリーンに描かれている元があるので確認をちゆうかこうなってるの?
と思ってください。ここからどうやってスクリーンに映し出されているようなことになるんでしょう?
考えることがいっぱいです。ではまた黒いカーテンをめくって次に行きましょう。
カーテンをめくると、おや?とっても不思議な写真があります。
こんなことになることなんてないものがこんなことに!
とちょっと日常私たちが見たことのあるものがちょっと違った形になってます。
一体どうやって・・・・???この作品も大﨑のぶゆきさんの作品です。
あと2階へ上がる階段の踊り場で6月3日に行われた大﨑のぶゆきさんのワークショップの
模様が流れているのでここもチェックスしてください。

さて、もう時間も時間なので今日はここまでにします。
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キラーチューン [art!ART!art!]

名古屋市美術館で今
ポジション2012~名古屋発現代美術 この場所から見える世界が開催されている。
この展示を見る前に
どうしても行きたかった大友克洋GENGA展を見に
5月下旬東京へ出かけた。
せっかく出かけるのだから久しぶりにワタリウムに行こう。

7月8日までこちらは「ひっくりかえる展」が開催されている。
土曜の開館直後に行ったのだが
社会的メッセージが強い作品のためか
来館者層がいつもとやや違う傾向があるように思えた。
さらに何月号だか忘れたが、美術手帖での特集によるものも多いのかもしれない
年配層が多いように感じられた。

美術手帖をちらりと呼んだ時、フランスの作家JRのTEDプライズ賞の際のスピーチが一部載っていた。
その時、全部聞いてみたいなと思っていたら、
ワタリウムでやってたのね。。。
とにかくJRのスピーチというよりプレゼンテーションは素晴らしい。
心動かされるというか、一つの動機を提案してくれているような
兎に角、感涙してしまった。

The Yes Menのニューヨークタイムス号外も衝動に駆られるというか
心動かされるのだ。


多方向を見てる個人個人をぼんやりしたいいなというもので一つにしてくれるような
そんな希望に満ちた作品群だった。
アートの力が無限であるということ証明してくれているようなそんな展示に感じられた。

そこから、今名古屋市美術館で行われてるポジション2012展は真逆かもしれない。
外へ広がりを見せるというより
作家たちの内面を反映させている。共感するというより彼らの不思議な世界に入り込んでみようというような
感じじゃないだろうか。
自分にないものを見せてくれているように感じる。

一通り見たとき、自分が好きそうだなぁと思った作家は、川見俊と大崎のぶゆきだったのだが
どうやらよくよく見ていくと、判治佐江子・田島秀彦・山田純嗣この3人の作品が気になりだした。
特に、判治佐江子の作品はパーッと見ていく人にはただの写真に見えてしまうかもしれないが
よく見るとはっと気づかされるのだ。
なんだろうこの気づきは。
写真というとなんだか、マニアな感じだがどちらかというと筆やペンがたまたまカメラで
あったというような感じに受け取ったほうが容易に感じやすくなるだろう。
カメラという道具だからこそリアルに偽の世界ができるんじゃないだろうか。


誰にかかわらずぼーっとしたいなぁと思うのだが、
それでも自分はやるぞと決めたからにはやらなくてはならないことが・・・

はぁ~もうどっちかをやめてしまいたい、が、やめない自分がいる。
一年働いて一年休むがここ数年できていないせか
ものすごく疲れる。。。仕事だけの人生なんてつまらない!



ちょっと余談、
名古屋市美術館のポジション2012は作家によるギャラリートークの日と
ボランティアによるギャラリートークがあります。
作家の言葉もおもしろいですが
ボランティアとおしゃべりしなが見ていくのもおもしろいですよ。

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Phantom Limb [art!ART!art!]

5月28日静岡県立美術館へ
台風は熱帯低気圧に変わっても雨は降りやまなかった。

2月に森美術館で見た『小谷元彦展 幽体の知覚』だが
あの時、SP4:The Specter-What wanders around in every mindの衝撃は
自分の中で何かがあるように感じてならなかった。
もう一度その感じが何であるか確認するためと
作家の言葉はどのようなものであるかを確かめるべく
静岡県立美術館で再び『小谷元彦展 幽体の知覚』を見ることにした。
当日は3時から作家と宗教学者との対談に間に合うように出たかったのだが
対談はすでに始まっていた。
小谷元彦氏の美意識や形態はモード系である。
どこかの服飾デザイン系の専門学生を彷彿とさせる。
だが、京都出身であるが故の関西系イントネーション
見た目から想像できるであろうか・・・いや
赤塚不二夫が浅野忠信?はっ、ぐらいの自分では違和感である。

自分の中で小谷元彦といえば
Human LessonとPhantom LimbとSP2:New Bornなイメージしか持っていなかったのだが、
2008年あたりから徐々に小谷元彦氏の作品に出合う機会が増えてきたように思う。
そこから2010年から始まった『小谷元彦展 幽体の知覚』
自分の中で小谷元彦旋風が始まるのも時間の問題だっただろうし
何しろ森美術館で見たSP:4The Specterは心揺さぶられる力があったのだから。

静岡では、ダンテの『地獄の門』に向かっていた。
それがなぜか森美の印象とは違うのだ。
展示を見る前に
対談を聞きその中で、日本人の骨格標本に西洋人の頭蓋骨が乗っかっていると言った瞬間
またSP4:The Specterに全ての人の脳内で徘徊するものが西洋コンプレックスを抱いている日本人という
小さな枠組みを自分に植え付けたのだが、
その日本人の骨格標本が小谷くん自身に近いものを選んでいるというあたりが
小谷くんそのものの表面でなくほんとの中身のような気がした。
ありとあらゆる作品をみて作家自身の中身というより
作家自身の頭の中身だったのに
小谷くんは身体の中身であるよに思うのだ。

期待度満点で見に行ったSP4が微妙に森美術館のほうがよかった。
たぶん近かったからだと思うしあの並びがよかったんだと思う。
I SEE ALLは静岡のほうがよかった。入口すぐだったのだが
ほんとに暗い中に木を這う蛭の感じが外の雨と館内の暗さ
2階から降りてくるときに彼女の頭部も見えるのだ。
森美術館では荷物になるので買わなかった図録を買ってかえったのだが
その中で表紙はインフェルノ、裏がNo.44になっているのだが
No.44は小谷くんの血が入ってる。
この作品すべては小谷くんなのだが、すべてが小谷くんなのである。
いや~ほんとはそのNo.44も映像でなく素手でそれを触りたい。
触覚を感じたい作品、すなわち小谷くんに触れたくなる作品なのだ。
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見る [art!ART!art!]

さてさて、今日も今日とてすっごく眠い。。。
理由その一、一人暮らしなので何かと自分でやらなくてはならい。
理由その二、たぶん体力的に低下している。
理由その三、あめふりひやしんす。。。。

それよりなにより土曜日の課題がまだ終わっていない。。。。
やばい!今日は見逃していたSATCを見なくてはっ!
さらに、LaLaTVのSATCは8月1日に最終回を迎えてしまうのっ!!
パリですわぁ~ビッグが~ぁパリですわぁ~。。。
でも、最近1話から毎日放送してるんだよねぇ~・・・夜。

さて、課題に戻るとして
何故?アダグジが課題が出来ないかと申しますと
対話型鑑賞法という手法をこの美術館がボランティアガイドに求めていることなんです。
と、言うことは会話が成り立たないと難しい・・・。
元MoMaのアメリア・アレナスっちゆうキュレーターが有名で、
鑑賞することは、すなわち見ることで
決して知識の確認をすることではないのであーる。
さてさて、おいらは確認することが苦手であるので、なるべく現代アートを見に行く。
確認するということは、ある程度の知識をどこかで仕入れていかなくてはならない。
それがかの有名長寿番組『日曜美術館』である。
この番組放映後、その展示会は凄まじく混むのである。
みなその番組を見て確認しに行くのである。
確認が苦手なら、出来ないことはないと思うのは間違いであーる。
なぜかと申しますと、コレが実に単純明快なのであーる!
すなわちアダグジは、一人で見ることが好きなのであーる。
さらに疑問や興味が湧くと軽いタッチで見たい人とは違う視点を見出してしまうという・・・
微妙かつ悪循環を辿り、
どうしても軽いタッチな表現ができなくなってしまうのであーる。
さてさて、おいらは学生時代『本物を見なさい』としつこく植えつけられ
さらに、疑問に思うのであれば著者の違う関連本を何冊も読みなさいと言われ
本物を見て自分が疑問に思うようにしなさい・・・と、解釈していたのであーる。
それは、他人と同じ意見を持つというものでなく、新たな何かを発見しなくてはならないという
思いが強いのである。
そうすると、完全においらの感覚とやはりズレが生じるのであーる。
だって、おいらはその発見がすごいと思ったのに、わからないって言われたらもうおしまいでしょ?

おいらは確認したいんじゃない、新しいものが知りたいだけなんだよ。

さてさて本題はここではなくて対話型鑑賞法についてであーる。
確かに、こんな授業が行われていたのならもっと美術館に対しての威圧感がなくなるかもしれない。
美術鑑賞はお静かにでしょ?
対話って言うのは違うよねぇ~。
この対話型鑑賞法とは知識をもった進行役が鑑賞者に対して作品を見ながら
質問を投げかけるのである。
おいらがやった対話型とは、フランク・ステラの『説教』であーる。
フランク・ステラっちゆう人は、アメリカ人です。
もともとブラックシリーズちゆう真っ黒なキャンバスを描き続いて
シェイプドキャンバスっちゆうのに移りさらに進化させた新しい造形絵画みたいな・・・
まっ一言で言えば二次元を三次元にしたっていうか・・・。
ミニマル・アートの時代の人なんだけどねぇ~、一本を極めるじゃなくて進化する新しいものを
求める人だよねぇ~。
で『説教』は、シャプドキャンバス以降の作品でもうぐちゃぐちゃなんだなぁ~。
で、おいらの感想は、何で塗り残しとかあるの?みたく
何で何でと感じたりと自分でも大忙しになってしまうのであーる。
それに、おいらはその進行役って言うのが苦手であって、
さらに、この講座、はじめにこの美術館のコレクションの説明があるんだけど
それはそれでおいらはへぇ~を連発して面白いのだが、
鑑賞法の講義になるともうだめ・・・。
その一つは、慣れない鑑賞法を資料やこうやるんですよぉ~とか、
アレナスの話とかはあるけど実際やってみてくださいといわれどれだけが出来るのか
さらに、ディスクリプションで事細かに見ていくのはわかるが
そのディスクリプションと作家の資料を元に対話型を突然やれと言われて出来るものか?と
おいらはあまり学習能力がないし、どちらかといえば影の薄い存在であるため
あまり人様の前に出るようなことはしたことがない。
さて、そのような人たちに資料や知識を与えて出来るものだろうか?
おいらは、ふとこの養成講座のあり方に疑問を持ち始めるのだ。
たとえば、コレクションの説明はいいとして、
ガイドに関するものは、おいらはまったく理解できないのだ。
それは、対話型鑑賞法を調べても具体例は載っていない。
本借りるべきか~。
ちゆうことは、対話型鑑賞法についてのもうすこし感がえるべきじゃなかろうか?
例えば、ディスクリプションしたでしょ、それから知識は調べたでしょ。
でもってこの絵に関しての他人の意見は排除するでしょ(例えば、評論とか)
でしばし、作品を見る。そこで
『この作品には何がありましたか?』と投げかける。
そうすると、自分とは違う感想が返ってくる。されにそれを繰り返せば、時間は過ぎる。
あとは、作家自身のことなんかは、調べたければ図書館で本借りてとか言えばいい。
この数分は、作家ではなく作品を見るのである。確認でもなく自分の目で見るのである。
もうひとつおいらを混乱させる原因がある。
それは、学芸員が違うことを言うのでる。
たとえば、おいらが最初に対話型をやったのは荻須高徳の『洗濯場』そのときは、
結論に達しなくてもよくて、作家についての知識も要らないかもしれないとか言われ、
ホントに見ることを重視していて
次のステラに関しておいらは、このニューな造形、人が想像する形。
中のものを見るのでなくそれ自体を見るということを知ってもらおうと思ったのだが
作家については触れなかったら、
少し作家についても・・・って?
おい、おい、どっちやねんっ!
おいらは常に悩むのである。確かに、美術館のガイドを希望するのは若人でない。
大体が45歳女性という・・・。
そうすると対話型は難しいのか?
いやっ、おばちゃん根性はすごいので説明型だとほぉ~で終わるけど
いったんしゃべり出したらとまらないそれがおばちゃんだっ!
でも、待てよ、美術館にくるだろうか?そんなおばちゃんたちって?
でも、平日で超有名どころ(印象派なんかは混むけど最近は減り気味?)の展示では
おばちゃんたちのしゃべり声で渦巻いているものだよ。
う~ん、でも全然課題が進まないっ!まずい!土曜は午前中からだったっ!はっ!
明日も美術館に行こう・・・コレじゃ一向にバイトができない・・・。
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パンクアートの申し子(書きかけ) [art!ART!art!]

小宮山雄飛の今日は誕生日だっ!
雄飛もとうとう30半っちゆうことだね。

そうそう、ヘンリー・ダーガーの本を図書館で借りてきた。
まだ読んでないのだが・・・。
『概論・変態とは何か』東谷隆司http://azumaya.i-elements.net/pdf/What_is_the_HENTAI.pdfを読んでいたとき
挿図で唯一わからなかったのだヘンリー・ダーガー、それで気になってねぇ~借りてきた。

『概論・変態とは何か』これを読むと、芸術って何なんだろうなとふと思う。
今やアートバブルのおかげか知らないが、いたるところでアートだアートだと言う。
それが無性になんだか嫌になってくるときがある。
なんだかわからないがなんでか知らないがとにかく嫌になる。
変態と託けて芸術とする。
『概論・芸術とは何か』これで考えるとホントしっくりくる。
ワタスが考える芸術とは個人のものだと思うのだ。
個人の個人による個人のための芸術。
それが、評価を受ける。
まさに、人がどれだけ人を評価できるか?という試練。
いろんなものが混ざり合って不安定の中で支えあっている。
崩れる日はもう近いのかもしれない。
一体、誰のためなの?個人のため。
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芳年・芳幾の錦絵新聞 [art!ART!art!]

いや~千葉市美術館遠かった~っ!
芳年の作品をこんなに一気に見たことはなかったので大満足であるし、また時間がかかったぁ~。
『東京日々新聞』は兄弟子芳幾、『郵便報知新聞』は芳年。
さてさてこの新聞またまた言葉の問題があって錦絵新聞もしくは新聞錦絵というらしいのであるが
言い易さでいったら”錦絵新聞”でしょうよ!
『東京日々新聞』(毎日新聞)は、東京日日新聞と関わりがあるそうで
『郵便報知新聞』(報知新聞)は、どうやら版元が郵便報知新聞を引用してつくっていた模様。
それにしても内容が面白い!ゴシップですよ!
巷の噂話や今では考えられないような犯罪の数々!
明治ってこういう感じだったのかしら?今より複雑じゃなかったのかしら?

『郵便報知新聞』
この横に”大蘇芳年”と書いてあるのが見えますかね?
そう”大蘇”と書いてあるのは、病を克服してから付けられているのでここからでも
時代がいつごろかって判断できます。
いや~芳年復活おめでとう!っといいたくなりますが、
「血みどろ絵師」芳年、『郵便報知新聞』では8点しか血みどろはないのです。
血みどろが好きかと言われれば好きですが、
芳年の構図が好きなんですよ。
牛若丸と弁慶を描いた『義経記五條橋之図』(1881年明治14年)なんかの構図
下から見上げた感じとほんとに一瞬を切り取った感じがなんともいえないのです。

『英名二十八衆句』は1867年(慶応3年)
『魁題百撰相』は1868年(慶応4年)
『月百姿』は1885年(明治18年)
『風俗三十二相』は1888年(明治21年)
『新形三十六怪撰』は1892年(明治25年)この年54歳にて死去。

明治8年(1875年)~明治10年(1877年)まで『郵便報知新聞』は発行されていた模様。
ちなみに復活した芳年は1873年であるから、その2年後にこの錦絵新聞は発行されたことになります。
あぁよくよく考えるとワタスが好きな『月百姿』より前の出来事だったんだねぇ~、
新形~は実は前年神経を病んでいたので洒落で付けた模様、さすが芳年!
ちなみにこの”大蘇”になったのは34歳・・・いまの雄飛さんと同じとしなのねぇ~。


文明開化の錦絵新聞―東京日々新聞・郵便報知新聞全作品 錦絵新聞に関してくわしくは載っていないのですがこの図版はこの『芳年・芳幾の錦絵新聞』の図録的なものです。その新聞の内容がわかり、書かれている文章も読めます。実際、見ると保存状態がよくなかったのか虫食い跡があったりと絵の状況によってはおどろおどろしさ満載っていうのもあるので一度足を運ばれてはと思います。ちなみに、この図版千葉市美術館で購入すると1000円引きです。思わず購入したのですが、帰りの荷物のことを考えるとネットにすればよかったのかも?と、後悔・・・。しかーも次の日あの”生ぞう”を見に行ってなのよぉ~。肩おかしくしたって!マジで!いやホントマジで!


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魔法を信じ続けるかい? [art!ART!art!]

 

芸術をつくり手から生み出された分泌物とはせず、
人間どうしの関係性から生まれた場のことであると考え、
このカオスの中に秩序を見いだすことに無心になることで
自らの生命の謎に迫ろうとする、
その過程を芸術と呼ぶのだ。

先端芸術宣言! 先端芸術宣言のはじめにを飾る言葉である。
何気なく(田中偉一郎関連として)読もうと思った本であるが
目に見える世界でなく、奥の奥さらに奥に何かがあるのではないだろうかと
感じることはないだろうか?
それは、今でも時々思うのだがその奥に行けるのではないかと
思わせてくれる世界観がここに書かれていると思うのだ。

それともう一つ人間の感情。学校やテレビ、仕事場、いろいろな場所で
自分が計り知れないほどの情報を得ていることに、ふと気づく。
前よりだいぶキレなくなったのは
そのおかげだと思うのだが、何か落としてしまったようにも思えていやなのだ。

『うまく描くというのは、対象を目に見えるようにそっくりに描くということだけ目指すのではなく、心の動きに則して描くということであったはずだ。』
この文章を読んで、会田誠や山口晃が言った”絵がうまくない”の意味がわかり始めてきたように思うのだ。
一体、何でこう進むに連れて基本中の基本がうやむやのまま置き去りにされて新たな何かが生まれてきてしまうのだろう?
それが生まれたとしてもまた再びそれがやってくる。
それの繰り返しで回っているのだろうか?
村上隆の言葉に”オリジナルはもう出尽くした”
これはアイテムがそろってしまいあとは、そのアイテムの組み合わせで自分を表現しろという意味なのか?
わけのわからない世界だからこそ、そこに行きたいと思うのは人間の好奇心のなせる業なのか?

『恋する相手のことをいくら強く思っていても、あなたがそれをアピールしない限り、相手はあなたのことをこれっぽちも考えてはくれない。つまり、他者の意識の中にあなたが浮かび上がって来るような、そんなアピール(表現)をあなたがしない限り、あなたはあなたを知ることができないだろう。』

これもはじめにに出てくる文章なのだが、ワタスはワタスを知れない?
はぁ・・・ワタスはあなたを強く思っていても表現できないのだ。
だからワタスは永遠にワタスを知れない?
そっそんなぁ~、じゃどぅしたらいいのよぉ、
だからワタスは今日もいろんなことを思うわけ?
でも”なまえ”がないから、わからない?
はぁ・・・だんだんとつかめてきたぞ!
なんとなく輪郭線が出てきたように思う。
ふむふむ、過去の修正も始まるそうだし
間違った道を後戻りしたとしてもただ時間がすぎたたけで
今も存在し続けるのであれば、
”なまえ”がなくったって、表現できそうだ。
それで、ワタスを知るのか?



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ラグランジュポイント [art!ART!art!]

芳年妖怪百景 『芳年妖怪百景』をいつも見るたび、インクの臭いがきつくて
気分を悪くするのだが、見てしまう。。。

「和漢百物語 大宅太郎光圀」の後ろにいる髑髏たちが
山口晃作品集 山口晃の「十字軍」(1993年)に描かれている髑髏たちのように見えてきました。
う~んやっぱ芳年好きだから山口晃か?

でも、山口晃といえば鳥瞰図とかなんだかこまごましたメカ的な”絵”を思い出すのに
芳年好きとしては、違うんじゃないのっと思ったんだけど
あっ!と普通に気づいたことがあった。
腕が機械であったりすでに顔が骸骨であったりすることによって
生臭さが消去されてしまっているだけで
おどろおどろしさは似ているのではないだろうか?
「九相圖」の中に馬バイクが犬に引きずられる場面がある。
それは、馬だったらなんてカワイそうにと思うけど
馬がバイク!そこが血なまぐささをうちけしているように思うのだ。
芳年の「美勇水滸伝 里見二郎太郎義成」で犬(もしや猫)が
人の頭を銜えているのに近いんじゃないだろうか。(まっ芳年は人だけど・・・)

ラグランジュポイントっていうのは、2006年に制作された
山口晃の作品である。
http://aida-yamaguchi.iza.ne.jp/blog/にのっていたのをいまさらながら見てしまい、
しかーもラグランジュポイント中京大学でもやっていたとは・・・・
そのころ、まったく興味なかったもので。。。
お母さんが書いた批評とそれに対しコメントした文章がバカウケ!
あたしゃほんとにこういう人が好きなんだろうなぁと思う。
決して浮世離れしているんじゃなく
周りを現実の目でしっかり見ている。
でも30後半だけど「コビトさんでてきてくれないかなぁ」発言とかしちゃうところが
なんともいえない!
浮世絵師である芳年もちゃんと周りを見ていないと商売にならない人ですから
そういう点も共通点としてあげておきましょう。
それに芳年も冗談好きですから。
1月21日から3月2日まで千葉市美術館で開催される
「芳年・芳幾の錦絵新聞~」展に出てくれないかなぁ
なんで思ったりもしますが・・・まぁまぁワタスが共通点を挙げても
これは凡人の発言ですからなんともなりません。
やはりこの世は文人で動いているのです。
(最後辛口ねぇ~)
ちなみに芳年が先に名前が上がっていますが、
芳幾って兄弟子だったりするのよねん。
ちなみに河鍋暁斎も歌川国芳門下生だったのよ。
暁斎は、親に辞めさせられちゃうんだけど・・・。
その後、芳年が国芳門下生としてやってくるのでした。


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